大判例

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仙台高等裁判所 昭和28年(う)511号 判決 1953年10月09日

控訴人 被告人 加藤清

弁護人 戸田誠意

検察官 屋代春雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

ただし、この裁判確定の日から参年間、右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

主任弁護人戸田誠意の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人名義の控訴趣意書の記載と同じであるから、これを引用する。

控訴趣意第二点(イ)について。

一定の債務を負担した者が詐欺の手段により債権者をして錯誤に陥らせてその債務の支払免除乃至延期の承諾の意思表示をさせる等法律上あるいは無効であるかあるいは取消し得べきものにもせよ外見的法律上の利益を獲得した場合に刑法第二百四十六条第二項の詐欺罪を構成すること勿論であるが、詐欺の手段を施し因て法律上より観察すれば依然としてその債務を負担していても、事実上債権者を錯誤に陥らせた結果当然受くべき即時の支払請求を一時にせよ免れた場合にも同罪を構成するものと解すべきである。原判示事実は、その挙示する証拠を参照すれば、被告人が原判示の如き経緯にてまぐろ代金債務金二十三万四千九百三十円を負担して内金九万六千円を支払つた後、残代金十三万八千九百三十円の支払に窮した結果、原判示の如き詐欺の手段を施し債権者中村貞二を錯誤に陥らせた結果当然受くべき支払請求を事実上一時免れた趣旨において、被告人の詐欺行為を認定したものと解し得るから、これを刑法第二百四十六条第二項に問擬したのは相当であつて、原判決には所論の如く事実の誤認や理由不備の違法あるものではない。論旨は理由がない。

同第一点(一とあるのは誤記と認める)について。

記録につき、被告人の経歴、犯行の動機、態様、犯行後の事情、その他諸般の情状を精査考量するに、原判決の量刑は失当と認める。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三百九十七条等三百八十一条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において更に次のとおり判決することとする。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は刑法第二百四十六条第二項に該当するので、その所定刑期範囲内で、被告人を懲役六月に処し、諸般の情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二十五条を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、なお原審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 板垣市太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 細野幸雄)

弁護人戸田誠意の控訴趣意

一、原判決は被告人に対し懲役六月の実刑を宣告したのであるが右は刑の量定が不当であると思料する。その理由としては(イ)被告人は記録添附の「身上調査に対する照会書」に徴するも未だ曾て刑に処せられたる形跡なく潔白初犯の者であり(記録二三丁)(ロ)被告人の恩師である鈴木猛雄の証言に依るも「被告人は義をみてせざるは勇なきなりという態度も見受けられ本来人を騙したりする性格ではなく寧ろ余り人が好過ぎて本件如きも騙されたのではないかと思つた程である」とあり性来善良な素質の人間であることが認めらるる。(昭和二十七年六月十八日第四回公判調書)(ハ)被告人は尠く共最初から金円を騙取せんと企てたものではなく残金の調達が荷物の到着に間に合わなかつた為めに窮余の工作を弄した事情に在つた事実、このことは本件取引の片棒をかついだ鳴海俊夫が「この時には色んな都合で加藤は金の工面が出来なかつたので約束通り支払い得なかつたのです、ですから内金丈けを渡して残金の方は払わないという様な考えは決してありませんでした私は加藤が前にも相当な金を工面したことから金の都合が出来るものと信じていたのです。ところが送付された冷凍まぐろは痛んで居り思つた値段では売れず加藤が欠損したので残金の支払は一時待つて貰うと加藤が言い出し私が加藤から金を借りた様にした虚偽の借用証書を中村に見せて残金の支払を延ばそうということになつたのです私も加藤も払う心算で居つたのです私にもその代金を支払う責任があるので私は青森の親戚からりんごを持つて来て加藤が欠損した部分を幾らかでも穴埋めする心算です」と述べているのは被告人等当時の偽らざる心境を話写しているのであつて結局浅慮の致すところに外ならない。(昭和二十七年二月一日鳴海俊夫の参考人調書、記録四四〇丁以下)(ニ)十一月十六日頃まぐろが山形に着荷した時は被告人は金の用意もなく非常に周章狼狽の状態に在つたことは充分想像もされ又本件に於て同情されなければならない。というのは東京都に於て中村貞二との取引の交渉は文字通りに専ら鳴海俊夫が之に当り被告が関係しなかつたので数量、単価、代金の支払方法――残金十三万八千九百三十円は山形着荷と同時に支払を為すことの約束――等については確として知るところなく被告は鳴海から頼まれて金の心配をしてみる程度で一足先に郷里に帰つたところへ同人からの電報が入り、中村貞二が来る、まぐろは到着する、被告人にしては意想外な金二十三万余円の請求書をつきつけられると云う窮境に追い込まれ施すべき術を知らなかつたのであつてこれは被告一人にのみ全部責任を負わせることは酷であると謂はねばならない。右の如きの顛末は鳴海俊夫の「加藤と中村と会つたのは最初の一回丈けで………その後の取引の交渉については私一人でやつたのですが云々、被告は十一月十三日都合してみると言つて帰りました」「品物到着と同時に十五万円支払い後は二、三日後れても良いと云うのであつたのです。証人の方でいい加減なことを言つて中村に虚言を言つたことになるのです。一時の辛抱だと思つてやつたのでした残金全部を支払うということは被告は知りませんでしたが十五万円は持つて来ている筈でした云々」(昭和二十七年四月一日第二回公判に於ける同人証人調書)。又中村貞二の「取引の数量、単価は被告人は全然知らなかつた一切は鳴海がやつて居つたので同人は番頭だと思つた」という証言(昭和二十七年三月二十一日検証の際の証人調書)及び被告人の「二月十六日朝山形駅に中村貞二を迎へに出て武田旅館に案内しその時始めて鳴海俊夫と同人との取引の内訳――品物到着と同時に残代金を支払うことその他――を聞き何と返事をしていいか判らないし其場を胡麻化してトラツクの到着を待つていた」という供述(昭和二十七年二月十九日山形地方検察庁第三回調書)に徴して明らかだと思う。して見ればかかる始末になつたのは交渉に当つた鳴海が豫て中村貞二に対して被告は田舎で大きく魚商をして居り「三十万でも五十万でも自由になるから心配は要らない、加藤は田舎へ帰つて金策するから大丈夫だ」(中村貞二前出証人調書)などと揚言して居つた手前、被告と良く取引内容について打合せることもなきまま残代金は山形到着次第支払うと軽卒に契約して仕舞つたことに端を発するのである。(ホ)元来本件はその抑々の始まりからを総括観察してみると被告と鳴海俊夫との共同合作であり謀議一体の行為と断ぜざるを得ない案件であること記録を一貫して疑のない案件である。果して然らば被告のみが不相当なる刑責を負うて鳴海は全く起訴を受けないと云うのであつては甚だ片手落であつて権衡を失するものありと謂はざるを得ない。即ち本件は被告単独では遂行出来ない鳴海の周旋奔走あつて始めて本件として成立したものであると云う客観的関係を顧みるとき被告と鳴海との間に斯く迄甚しい較差を附することは何うあつても隠当とは受取れないのである。敢て鳴海を処罰すべしとは言わないまでも鳴海が不起訴の処分を受けたのであつてみれば被告をして実刑を免れしめ執行猶予に処することは比較較量の上から決して不当なこと不可能なことではないという一事に至つては断言し得ると思うものであつて前述の諸般の事情に稽へ又次に述ぶる事後弁償の事実に鑑みて深甚なる御審理を願い度い点である。此の両者の関係については原審判決も「被告人は……東京方面に明るい鳴海俊夫と共に東京より魚類を大量に仕入れて販売し一儲けせん事を企て自分はこれが購入資金並に販売の方を引受担当し鳴海俊夫は仕入れの面を担当することとし云々」と判断して疑わなかつたのであるが、鳴海は明らかに「まぐろ等を仕入れて山形市に売捌くと云う二人の話合になりそして金策と売捌きは加藤がやり東京の取引の交渉は私がすることになつた、(昭和二十七年二月一日参考人調書、記録四四〇丁以下)これ正しく民法六六七条以下に所謂組合に相当する関係である。であるから第三者の中村貞二にしても「加藤と鳴海の二人が買うものと思つた……山形の旅館の心配はしなくともよい私達二人でやるということであつた」と述べている次第だ(昭和二十七年三月二十一日証人調書)

第二点(イ)原判決は本件につき刑法第二百四十六条第二項を適用処断したのであるが仮りに原判決認定の事実をそのまま認容するとしても被害者中村貞二は被告人に対し債務免除の意思表示をした形跡がないのは勿論、右の事実よりしては被告人は債務の免責を得べき法律上の事由が存せないのであるから――事実上支払を一寸逃れしたに過ぎない――「前記まぐろ残代金十三万八千九百三十円の支払を免れ以て財産上不法の利益を得たものである」と判断したのは事実の誤認に非ざれば理由不備の違法があると思料する。平井博士 刑法各論 四〇四頁、(ロ)仮りに然らずとするも被告人は原判決掲記のまぐろ残代金なる債務は実質上に於て免脱を受くる筋合なく中村貞二は何時と雖も民事上の請求を為し得べくこの意味に於て回復すべからざる損害を与えたるものには非ざるを以てこの点は充分酌量せらるべきものと思料する――現に第三点に述ぶる如く被告は着々之を弁済整理せんとするの意思を有しその実を挙げて居る次第である。

第三点被告は原審当時某者の誤れる指導のままに被害者に現実の賠償をするに至らなかつたが深くその非を悟るところあつて此の度中村貞二に深く謝意を申納るると共に金八万円の内入弁済をなし残金は割賦返済するの猶予を与えられたのである。この点は特に重視願い度いと共に刑事訴訟法の改正に伴い改めて別添受領証及び契約証につき証拠調の手続を申請する(刑事訴訟法第三百九十三条一項但書参照)刑の量定に著しき影響ありと信ずるからである。

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